[PR]記事内に広告が含まれています。

BMWの車種一覧(現行車種・過去車種)

BMWの現行車種一覧

i8 / i3 / 7シリーズ / 6シリーズ クーペ/カブリオレ / 6シリーズ グランクーペ / 5シリーズ セダン/ツーリング / 5シリーズ アクティブハイブリッド5 / 5シリーズ グランツーリスモ / 4シリーズ クーペ/カブリオレ / 4シリーズ グランクーペ3シリーズ セダン/ツーリング / 3シリーズ アクティブハイブリッド3 / 3シリーズ グランツーリスモ / 2シリーズ クーペ/カブリオレ2シリーズ グランツアラー / 2シリーズ アクティブツアラー / 1シリーズ / Z4 / X6 / X5 / X4 / X3 / X1

BMWの過去販売車種

2002Turbo / イセッタ

 

BMWの概要

ドイツの4輪車・2輪車メーカーであるBMW AG(ビーエムダブリューAG)は、正式にはバイエリッシュ・モトーレン・ヴェルケAGという社名を持ち、創業から100年以上の長い歴史を有しています。コーポレートマークはBMWで、ブランドシンボルは2つの同心円の間に「BMW」のロゴが入り、内側の円には空を意味する青と雲を意味する白とに塗り分けられた十字を描いたものが使用されています。また、4輪車はキドニー・グリルと呼ばれる独特な意匠のフロントグリルが特徴となっています。

BMW AGの概要(2016年度)

  • 本社所在地:ドイツ連邦共和国バイエルン州ミュンヘン
  • 設立:1916年3月7日
  • 設立時の名称:ラップ・モトーレン・ヴェルケ
  • 代表者:ハラルド・クルーガー(取締役会会長)
  • 資本金:473億3,300万ユーロ
  • 売上高(グループ全体):941億6,300万ユーロ
  • 営業利益(グループ全体):69億1,000万ユーロ
  • 従業員数(グループ全体):124,729人
  • 販売台数(4輪車):グループ全体 236万7,603台、BMW・ブランドのみ 200万3,359台(内、日本50,828台)

事業内容は4輪車は乗用車、2輪車は自動2輪車に特化しており、グループ内のブランドとしてロールスロイスやMINI、2輪車部門のBMWモトラートを擁しています。生産拠点は世界14か国31か所に存在し、日本における輸入販売はBMW AG100%出資子会社のビー・エム・ダブリューにより行われています。

コーポレートビジョン(英語版公式サイトより)

  • We are Number ONE.
  • We inspire people on the move.
  • We shape tomorrow’s individual premium mobility.

BMWの沿革

1910年代~1920年代:エンジンメーカーとしてスタートし2輪車・4輪車事業に進出

1913年10月、カール・ラップにより航空機・船舶用エンジンの製造を事業目的とするラップ・モトーレン・ヴェルケが設立されました。その後、1916年3月に社名が現在と同じバイエリッシュ・モトーレン・ヴェルケ=BMWに改称されました。次いで1917年11月、航空機用エンジン「タイプⅢa」のプロトタイプが完成、のちに戦闘機などに採用されました。

その後、ドイツは第一次世界大戦の敗戦国となり、連合国側により航空機の生産が禁じられたため、BMWは自動車用エンジンのメーカーとして再スタートを切ることとなりました。最初の製品は、トラック用として開発された8.1L 4気筒SOHCのタイプM4A1エンジンでした。追って2輪車用エンジンの開発がスタートし、500cc水平対向2気筒ユニットのタイプM2B15が完成しました。

その後、1922年に2輪車メーカーのバイエリッシュ・フルークツォイクヴェルケ社と合併し、翌1923年には前述の水平対向2気筒エンジンを搭載した新型2輪車「R32」が発表されました。次いで1926年、航空産業禁止令が解除された事を受け、航空機用エンジンの生産が再開されました。

続いて1928年10月、「オースチン・セブン」のライセンス生産を行っていたディクシー・アウトモビール・ヴェルケ社を傘下に収め、4輪車事業がスタートしました。第一弾モデルは同社から受け継いだ「3/15タイプDA-1」で、全長2,800mm×全幅1,170mm×全高1,625mmという小さなボディに、水冷749cc直4SVエンジン(最高出力15ps)を搭載するものでした。

その後、1929年の「DA-2」を皮切りに、BMWが独自に改良を加えたモデルが生み出されていきました。

1930年代:独自設計の乗用車を次々とリリース

次いで1932年3月、オースチン・セブンの影響を脱した独自設計の乗用車「3/20HP」が発売されました。ボディサイズは3/15シリーズよりも一回り大きくなり、エンジンも782cc(最高出力20ps)に拡大されました。また、スイングアクスル式による4輪独立懸架が採用されたことも特徴でした。さらに翌1933年には、その上級モデルとなる「303」が発売されました。

3/20HPから大幅に拡大されたボディは、オースチン・セブンの面影を払拭したスタイリングとともに、初めてキドニー・グリルが採用されたことが特徴でした。また、搭載された1173cc直6OHVエンジン(最高出力30ps)は、比類ないスムーズさにより高い評価を得ました。追って翌1934年には、303の4気筒版である「309」やその改良版の「315」が発売されました。

次いで1936年2月、全長4,600mm×全幅1,600mm×全高1,500mmという大柄かつ流麗なボディに、2L直6エンジン(最高出力50ps)を搭載する「326」が発売されました。このモデルは同社初の4ドア車が設定されたほか、機構面では油圧式ブレーキが採用されたことが特徴でした。続いて1937年2月には、新型2シーター・オープンスポーツカー「328」が発売されました。

全長3,900mm×全幅1,550mm×全高1,400mm、車両重量830kgという小型軽量なボディに、最高出力が80psまで高められた2Lエンジンを搭載、クラストップレベルとなる最高速度150km/hの性能を誇りました。328は、モータースポーツの世界でも輝かしい戦歴を収めました。次いで第二次世界大戦が勃発した1939年、3.5L直6エンジン(最高出力90ps)を搭載する大型乗用車「335」が発売されました。

しかし、同年末にドイツは戦時下体制となり、BMWは航空機用エンジンや軍用車両の生産に注力することとなりました。

1940年代~1950年代:2輪車と4輪車の生産を再開するも経営難に

そして1945年5月にドイツは敗戦を迎え、国家が東西に分断されました。それに伴い、乗用車の生産を行っていたアイゼナハ工場は東側に属することとなったものの、ソ連軍による管理の元で社名をアウトヴェロと改称した上で、同年に早くも戦前型の「321」の生産が再開されました。一方、西側に残されたBMWの組織は2輪車・4輪車などの生産が禁止されたものの、極秘裏に2輪車の開発が進められました。

そして1947年7月に、250cc単気筒エンジンを搭載する2輪車「R24」の生産が開始されました。一方、BMWブランドによる4輪車の生産再開は遅れ、紆余曲折を経て1951年4月にようやく戦後初の新型車が発表されました。車名は「501」で、全長4,730mm×全幅1,780mm×全高1,530mmという戦前の326よりも一回り大きいボディに、326譲りの2Lエンジン(最高出力65ps)が搭載されました。

その一方で、BMWブランドの乗用車の生産を続けていたアウトヴェロは、1952年に商標権侵害で告訴されブランド名がEMWに変更されました。その後1954年に、BMW初のV8エンジンとなる2.6L OHVユニット(最高出力100ps)を搭載する上級モデル「502」が発表されました。しかし、経済的な混乱が続いていた西ドイツの大衆には501/502は高価に過ぎたため、販売は振るわず同社は経営危機に陥りました。

そんな折、イタリアのイソ社よりバブルカー「イセッタ」のライセンス生産権と生産設備の譲渡を受け、1955年4月にBMW版イセッタの生産が開始されました。前部にドアが備わる全長2,285mm×全幅1,380mm×全高1,340mmという小さなボディや、ディファレンシャルを持たないリア・アクスルと狭いリア・トレッドなどは本家譲りであった一方、リアに搭載されるエンジンは自社製の2輪車用を改造した4ストローク256cc単気筒OHV(最高出力12ps)に換装されました。

追って同年9月、アメリカ市場をターゲットとした高級スポーツカー「503/507」が発表されました。前年に登場した「メルセデス・ベンツ・300SL」に触発され開発されたモデルで、エンジンは3.2L V8(最高出力140ps/150ps)が搭載されました。次いで1957年、イセッタの上級版となる「600」が発表されました。一回り以上拡大されたボディに、2輪車「R67」用をベースとした582cc水平対向2気筒エンジン(最高出力19.5ps)が搭載されました。

さらに1959年8月、600をベースに同車初のモノコック構造を採用した3ボックス型2ドアボディを持つ大衆車「700」が発表されました。これらの新型車の投入にも関わらず経営難は解消されず、同年12月にドイツ銀行からダイムラー・ベンツ社との合併が示唆されるなど危機的状況に陥りました。

1960年代:経営危機を脱しハンス・グラース社を吸収

しかし、翌1960年にクアント・グループが経営権を獲得したことで、合併を免れました。そしてこの新体制下において、1961年9月に新型4ドアセダン「1500」が発表されました。モノコック構造を持つボディのサイズは全長4,500mm×全幅1,710mm×全高1,450mmで、足回りには同社初のフロント:マクファーソンストラット式/リア:セミトレーリングアーム式が採用されました。

駆動方式はコンベンショナルなFRで、エンジンは1.5L直4SOHC(最高出力80ps)が搭載されました。また、フロントブレーキに同社初のディスク式が採用されたことも特徴でした。1500は700とともに大ヒットし、BMWは経営危機を脱することに成功しました。次いで1966年には、小型2ドアセダン「1600-2」が発表されました。

また、同年ハンス・グラース社を吸収合併したことで、「ゴゴモビル」をはじめとする同社のモデルがラインナップに加わりました。続いて1968年、1600シリーズが2Lエンジンを搭載する「2002」シリーズに発展するとともに、2.5L/2.8L直6エンジンを搭載する高級セダン「2500/2800」が発表されました。後者は、衝撃吸収ボディの採用など安全対策に注力されたことが特徴でした。

1970年代:新世代のラインナップを確立

そして1970年代に入ると、1972年にフォー・シーリング・タワーと呼ばれる現在の本社ビルが竣工しました。そしてその年の9月に、2L直4エンジンを搭載する新型アッパーミディアムセダン「5シリーズ」が発表されました。全長4,642mm×全幅1,690mm×全高1,425mmのディメンションを持つボディには、衝撃吸収構造のほかにビルトイン・ロール・バーが採用されるなど、盤石な安全対策が施されていました。

次いで1973年9月、2002シリーズをベースとした同社初のターボエンジン車「2002ターボ」が発表されました。オーバーフェンダーやリアスポイラーなどが備わるボディに搭載された2L直4エンジンは、最高出力170ps/最大トルク24.5kgmのアウトプットを発生、最高速度210km/hの性能を発揮しました。続いて1975年7月、2002シリーズの後継モデルとなる「3シリーズ」が発表されました。

2002シリーズにはない特徴として、ラック・アンド・ピニオン式ステアリングの採用や、ドライバーを取り囲むようにデザインされたインパネなどがあげられました。さらに1976年3月に6気筒エンジン搭載の高級クーペ「6シリーズ」が、翌1977年3月には同じく6気筒エンジンを搭載する高級セダン「7シリーズ」が発表され、現在にも受け継がれる新世代のラインナップが揃いました。

続いて1978年、グループ4のホモロゲーションモデルとして、同社初のミッドシップ方式を採用したスーパースポーツ「M1」が発表されました。ボディはFRP製で、デザインはイタル・デザインにより手掛けられました。エンジンは3.5L直6DOHC(最高出力277ps/最大トルク33.6kgm)が搭載され、最高速度262km/h・0-100km/h加速5.6sのパフォーマンスを発揮しました。

1980年代~1990年代:ローバー・グループを傘下に

次いで1981年に、日本法人ビー・エム・ダブリュー株式会社が設立されました。その後、1986年10月に7シリーズがフルモデルチェンジを受け2代目に移行しました。空力特性が追求され、Cd値は初代より0.1ポイント低い0.32を実現したほか、同社の4輪車用初となるV12エンジン(5L SOHC・最高出力300ps/最大トルク45.9kgm)が設定されたことが特徴でした。

次いで1988年、新型2シーター・オープンスポーツカー「Z1」が発表されました。全長3,921mm×全幅1,690mm×全高1,277mmというコンパクトなボディは、スチールモノコックとFRP製アウターパネルを組み合わせた構造を持っていました。駆動方式はFRで、エンジは2.5L直6SOHC(最高出力170ps/最大トルク22.6kgm)が搭載されました。機構面では、Zアクスルと呼ばれる凝ったリア・サスペンションの採用が特徴でした。

続いて1994年、イギリスのローバー・グループを買収するとともに、ロールス・ロイス社と提携を結び乗用車用エンジンの供給が開始されました。

2000年代:新生MINIを発売

そして2000年になると、ローバー・グループのブランドのうちミニ、トライアンフ、ライレーをのぞくブランドが売却されました。また、同年BMW車初のクロスオーバーSUVとなる「X5」が発売されました。次いで翌2001年には、新生「MINI」が発売されました。ボディタイプは当初は3ドアハッチバックのみの設定で、ディメンションは旧ミニよりも二回りほど大きい全長3,625mm×全幅1,690mm×全高1,425mmでした。

駆動方式はBMWが手掛けるモデルとして初のFFで、エンジンはクライスラーと共同開発した1.6L直4が搭載されました。MINIはヒットするとともに、順次ラインナップが拡充されました。次いで2003年、ロールス・ロイスを傘下に収めていたフォルクスワーゲン社から、同ブランド車の製造・販売権を獲得しました。

続いて2004年、BMW・ブランドのエントリーモデルとなるハッチバック・コンパクトカー「1シリーズ」が発売されました。駆動方式は上級モデル同様のFRを採用、50:50の前後重量配分の継承と相まって、FF方式を採用するライバルでは得難いハンドリングを持ち味としていました。次いで2009年、7シリーズにBMW初のハイブリッドモデルとなる「アクティブハイブリッド7」が追加されました。

ハイブリッドシステムは、4.4L V8ガソリンツインターボエンジンと電気モーターを組み合わせたパラレル式が採用されました。

2010年代:EVやプラグインハイブリッド車を発売

次いで2013年、2台の画期的なニューモデルが発表されました。ひとつは5ドアハッチバック型のEV「i3」、もうひとつはプラグインハイブリッドシステム採用の高級クーペ「i8」で、いずれもCFRP製ボディ採用による軽量設計を特徴としていました。続いて2014年2月、BMW・ブランド車として初のFFモデルとなる5ドアハッチバック車「2シリーズ・アクティブツアラー」が発売されました。