ジャガーの車種一覧(現行車種・過去車種)

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ジャガーの現行車種一覧

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ジャガーの過去販売車種

ジャガーの概要

イギリスの高級車メーカーであるジャガー・カーズは、創業以来95年の歴史を持つ名門ブランドであり、現在はインドの大手自動車メーカー、タタ・モーターズ傘下において同じイギリスのランドローバーとともにジャガー・ランドローバー・オートモティブ・PLCを形成しています。コーポレートマークはJAGUARで、ブランドシンボルは猛獣のジャガーが飛び跳ねる様子を描いた図柄が使用されています。

ジャガー・カーズの概要(2016年度)

  • 本社所在地:グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(イギリス)コヴェントリー市
  • 設立:1922年9月4日
  • 設立時の名称:スワロー・サイド・カンパニー
  • 代表者:ラルフ・スペッツ(CEO)
  • 売上高:243億ポンド(ジャガー・ランドローバー)
  • 営業利益:16億ポンド(ジャガー・ランドローバー)
  • 販売台数:14万8,730台(内、日本向け3,197台)

事業内容は高級車の製造・販売で、日本における輸入販売はジャガー・ランドローバー・ジャパンにより行われています。

ジャガーの沿革

1920年代:サイドカー・メーカーから自動車のコーチビルダーに

自動車ディーラーで働いていたウイリアム・ライオンズは、サイドカーの制作を行っていたウイリアム・ウォームズレイと出会い、1922年9月にサイドカーの製造・販売を事業目的とするスワロー・サイドカー・カンパニーを共同で設立しました。その後、事業を自動車のコーチビルディングにも広げ、1927年に「オースチン・セヴン」をベースとした2シーター・オープンスポーツカー「オースチン・セヴン・スワロー」を発表しました。

追って1928年に社名をスワロー・コーチビルディング・カンパニーに改称するとともに、4ドアセダンなどをラインナップに加えました。オースチン・セヴン・スワローは個性的なデザインが評判を呼び、1932年までに累計2,500台を販売するヒット作となりました。一方で、同じイギリスのスタンダード社やウーズレー社、イタリアのフィアット社などの車種をベースとしたモデルも製造されました。

1930年代:ジャガー・ブランドのモデルが大ヒット

次いで1931年、スタンダード社に制作を委託したオリジナルのシャシーに、スタンダード製エンジンを搭載する2シーター・クーペ「SS1」と「SS2」が発表されました。前者は全長4,420mm×全幅1,520mm×全高1,370mmのボディと2.1L/2.6L直6SVエンジンの組み合わせ、後者は全長3,660mm×全幅1,370mm×全高1,370mmのボディと1L直4SVエンジンの組み合わせでした。

SS1/SS2は、高級車のようなスタイリングと低価格を両立していたことから大ヒット、その後ボディ・バリエーションの拡大が図られ人気を不動のものとしました。そして1933年に社名がSSカーズに改称されるとともに、株式会社に改組されました。その一方で、ライオンズとの意見の相違が大きくなっていたウォームズレイは、1935年に会社を離れました。

ライオンズ単独による経営となったSSカーズは、同年「ジャガー」の商標権を獲得すると、同9月にその名を冠した新型4ドアセダン「ジャガー2 1/2L」とその廉価版「ジャガー1 1/2L」、および2シーター・スポーツカー「SSジャガー100」を発表しました。いずれも、スタンダード社特注のシャシーに自製のボディを架装するモデルでした。

このうち2 1/2Lと100には、スタンダード社に製造を委託した2.7L直6OHVエンジン(最高出力102ps)が搭載されました。3車種のうち殊に2 1/2Lは爆発的なヒットとなり、同社は大きく発展を遂げました。

1940年代:戦後発売されたスポーツカーXK120が大ヒット

しかし、1939年に第二次世界大戦が勃発すると、翌1940年には軍需産業への転換を余儀なくされました。主に軍用サイドカーや航空機用ボディの製造などが手掛けられたものの、ドイツ軍の空襲により工場は大きな被害を被りました。その後1945年3月に、社名がドイツの親衛隊「SS」を彷彿とさせるものから、ジャガー・カーズに変更されました。

そして同年5月に戦争が終結すると、2 1/2Lなど戦前型モデルの生産が再開されました。追って輸出向けの左ハンドル仕様車の製造が開始されたほか、アメリカ市場への進出も果たしました。その後1948年に開催されたロンドン・モーターショーにおいて、戦後初の新型車となる4ドアセダン「マークⅤ」と、2シーター・オープンスポーツカー「XK120」が発表されました。

いずれもシャシーとエンジンが完全な自製となったほか、フロント・サスペンションに初の独立懸架式が採用されました。搭載されたエンジンはいずれも直6で、マークⅤは戦前同様のOHV方式であった一方、XK120には初のDOHC方式(3.4L・最高出力160ps)が採用されました。より大きな注目を集めたのは後者で、車名の由来となった最高速度120マイル(196km/h)の性能を誇りました。

同時に美しいスタイリングや低価格を兼ね備えていたことから、特にアメリカ市場で大ヒットしました。

1950年代:レーシング・マシンがル・マンで活躍

次いで1950年に開催されたロンドン・モーターショーでは、早くもマークⅤの後継モデル「マークⅦ」が発表されました。マークⅤよりも一回り大きい全長4,990mm×全幅1,850mm×全高1,600mmのボディは、遥かに近代的なスタイリングを備えていました。エンジンはXK120用がそのまま搭載され、セダンとしては第一級の最高速度168km/hの性能を発揮しました。

マークⅦはXK120同様、特にアメリカ市場で大好評をもって迎え入れられました。続いて1951年、XK120をベースとしたレーシングカー「XK120」がル・マン24時間耐久レースに初参戦にして初優勝という快挙をなし遂げました。次いで1955年、マークⅦよりもコンパクトな全長4,590mm×全幅1,700mm×全高1,460mmのボディを持つ新型4ドアセダン「2.4」が発表されました。

同社初のモノコック構造やフラッシュサイド・フルワイズのスタイリングを採用したボディに、2.5L直6DOHCエンジン(最高出力112ps)を搭載するモデルで、「スモール・ジャガー」と呼ばれ特にヨーロッパで好評を博しました。一方レースにおいては、レーシングカー「Dタイプ」が1955年から1957年にかけてル・マン3連覇の偉業を達成しました。

次いで1959年、スモール・ジャガー系の後継モデル「マーク2」が発表されました。3.8L直6DOHCエンジン(最高出力220ps)を搭載するトップグレード「3.8」は最高速度201km/hの性能を発揮、スポーツセダンの代名詞的存在となりました。

1960年代:拡張路線とその先の合併劇

マーク2はベストセラーとなり需要に供給が追い付かない状況になったことから、翌1960年にディムラー社を傘下に収め、同社の工場でも生産が開始されました。次いで1961年のジュネーブ・ショーにおいて、XKシリーズに代わる新型2シーター・スポーツカー「Eタイプ」が発表されました。ボディタイプはクーペとロードスターの2種類で、いずれもロングノーズ・ショートデッキの美しいフォルムを備えていました。

駆動方式はFRを踏襲、エンジンは3.8L直6DOHC(最高出力265ps/最大トルク36kgm)が搭載され、最高速度241~243km/hの性能を発揮しました。また、サスペンションに4輪独立懸架式が採用されたことも特徴でした。Eタイプは、割安な価格設定も要因となりアメリカ市場を中心にヒットしました。

また、この年にトラック・メーカーのガイ社を、さらに1963年にはエンジン・メーカーのコベントリー・クライマックス社を傘下に収めるなど、拡張路線に舵が切られました。業績も良好であったものの、1967年に突如として民族資本系グループであるブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)との合併を発表、新たにブリティッシュ・モーター・ホールディングス(BMH)が結成されました。

しかし、BMHは主力モデルの販売不振により経営難に陥ったため、翌1968年にイギリス政府主導の元でもう一つの民族資本系グループであるレイランド・モーター・カンパニー(LMC)と合併、ブリティッシュ・レイランド・モーター・コーポレーション(BLMC)が形成されました。一方、この年に新型4ドアセダン「XJ6」が発表されました。

全長4,810mm×全幅1,770mm×全高1,340mmのディメンションを持つボディに、2.8Lまたは4.2Lの直6DOHCエンジンを搭載するモデルで、優れた操縦安定性と乗り心地を両立していたことから、高い評価を得ました。

1970年代:低迷と回復

その後1972年にライオンズがジャガー社トップの座を退くと、ジャガー車の品質はBLMCの標準レベルまで低下し、販売が低迷するようになりました。さらに、オイルショックの影響により母体のBLMCが深刻な経営危機に陥ったことから、1975年8月にイギリス政府によって国有化されました。そうした一方で、翌9月にEタイプの後継モデルとなる高級グランツーリスモ「XJ-S」が発表されました。

セダンのXJシリーズをベースにホイールベースを短縮するとともに、2ドアクーペボディを架装したもので、エンジンは5.3L V12SOHC(最高出力285ps)が搭載されました。その後、1977年に社名がBL(ブリティッシュ・レイランド)に改称されるとともに、ジャガー部門のトップの座に就いたジョン・イーガンにより経営改革が進められました。その結果品質や生産性が向上、販売台数も回復しました。

1980年代~1990年代:民営化後フォード傘下で再スタート

その後1984年に、ジャガーはBLから分離され民間企業として独立を果たしました。そして翌1985年、ウイリアム・ライオンズが死去しました。その後、1987年に発生したブラックマンデー(株価大暴落)の影響で経営状態が悪化したことから、1990年2月にフォード・モーターの傘下に入りました。そして新体制下となって間もない同年11月、公道走行も可能なレーシングカー「XJR-15」が発表されました。

全長4,800mm×全幅1,900mm×全高1,100mmの流麗なフィクスドヘッド・ボディは、1,050kgと軽量に抑えられていました。ミッドに搭載されるエンジンは6L V12SOHC(最高出力450ps/最大トルク58kgm)で、6速MTを介し最高速度297km/hの性能を発揮しました。さらに翌1991年には、同じくミッドシップ方式を採用するもう一つのスーパースポーツ、「XJ220」が発表されました。

全長4,930mm×全幅2,220mm×全高1,150mmのフィクスドヘッド・ボディに、3.5L V8DOHCツインターボエンジン(最高出力542ps/最大トルク65.7kgm)を搭載、5速MTとの組み合わせによる最高速度は322km/hに達しました。次いで1994年、新型XJ(X300型)が発表されました。初代XJを彷彿とさせるスタイリングが採用されたほか、日本の技術の導入により大幅な品質向上を実現していました。

続いて1996年のジュネーブ・ショーで、XJ-Sの後継モデルとなる新型グランツーリスモ「XK8」が発表されました。エンジンは、新開発の4L V8DOHC(最高出力294ps/最大トルク40kgm)が搭載されました。次いで1998年のバーミンガム・ショーでは、XJよりも一クラス下のEセグメントに位置する新型セダン「Sタイプ」が発表されました。プラットフォームは、フォードの高級車「リンカーン・LS」と共有化されていました。

そして翌1999年、同じフォード傘下のアストン・マーティンおよびボルボと統合された新組織、PAGが設立されました。

2000年代:フォードを離れタタ傘下に

次いで2001年のジュネーブ・ショーで、Sタイプの弟分となるDセグメント・セダン「Xタイプ」が発表されました。プラットフォームは「フォード・モンデオ」と共通であったものの、駆動方式はFFのモンデオと異なり、ジャガー初のフルタイム4WDが採用されました。エンジンは、フォード製をベースにジャガーがモディファイを施した2.5L/3L V6が用意されました。

次いで2002年、プレミアム・モデルXJがリニューアルされ、オールアルミボディ採用の「X350型」に移行しました。その後2008年に、フォードの経営不振によりジャガーはランドローバーとともにインドのタタ・モーターズに売却されました。そして同年、タタ傘下において両社を統合したジャガー・ランドローバーが設立されました。

次いで翌2009年に、Sタイプの後継モデルとなる「XF」が発売されました。スタイリングが大幅にモダナイズされたほか、空力特性の向上が図られたことが特徴でした。

2010年代:初のクロスオーバーSUVをリリース

次いで2011年、ジャガー久々の2シーター・スポーツカーとなる「Fタイプ」が発表されました。ボディタイプはコンバーチブルとクーペの2タイプで、駆動方式はFR、エンジンは3L V6と5L V8のスーパーチャージド2種類が用意されました。続いて2014年、Xタイプの後継モデル「XE」が発表されました。

最大のトピックは、優れた燃費・環境性能を実現した2L直4ディーゼルターボエンジン「インジウム」の設定でした。次いで2015年に開催されたフランクフルト・ショーでは、ジャガー初のクロスオーバーSUVとなる「Fペース」が発表されました。ボディはアルミモノコック構造で、駆動方式は全車フルタイム4WD、エンジンは3L V6ガソリンスーパーチャージドと前述のインジウム・ユニットが用意されました。

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