ルノーの車種一覧(現行車種・過去車種)

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ルノーの現行車種一覧

メガーヌR.S.273 / メガーヌ エステート / メガーヌ ハッチバック / カングー / キャプチャ― / ルーテシアR.S. / ルーテシア GT / ルーテシア / トゥインゴ

ルノーの過去販売車種

アヴァンタイム / 5ターボ/2

ルノーの概要

フランスに本拠地を置く大手自動車メーカー、ルノーS.A.Sは、創業を19世紀末までさかのぼる老舗ブランドであり、現在は事実上傘下に収める日産自動車などとともに企業グループ「ルノー・日産アライアンス」を形成しています。コーポレートマークはRENAULTで、ブランドシンボルは1992年に現在の形となった菱形をモチーフとしたものが使用されています。

ルノーS.A.Sの概要(2016年度)

  • 本社所在地:フランス共和国ブローニュ=ビヤンクール
  • 設立:1899年2月
  • 設立時の名称:ルノー・フレール(ルノー兄弟)
  • 代表者:カルロス・ゴーン(取締役会長兼CEO)
  • 資本金:308億9,000万ユーロ(グループ全体)
  • 売上高:512億4,300万ユーロ(グループ全体)
  • 営業利益:35億4,300万ユーロ(グループ全体)
  • 従業員数(※2012年):127,086人
  • 販売台数:ルノー単独 318万2,625台(内、日本向け6,117台)、グループ全体 996万1,347台

事業内容は自動車の製造・販売およびファイナンスで、子会社として日産自動車のほか、韓国のルノー・サムスン・モーターズやルーマニアのダチアなどを擁しています。筆頭株主は、かつて国営化されていたころの名残でフランス政府となっています。販売は世界125の国と地域で展開され、日本における輸入販売はルノー・ジャポンにより行われています。

ブランドスローガン

RENAULT – Passion for life

ルノーの沿革

1890年代~第一次世界大戦:創業から短期間で自動車メーカーとして大成

機械に強い関心を持っていたルイ・ルノーは、1898年にド・ディオン製の3輪車(空冷273cc単気筒エンジン搭載)を購入すると、4輪化するとともに画期的なシャフトドライブ方式に改造しました。この車は大きな評判を呼んだため、翌1899年2月に2人の兄の資金援助を受けルノー・フレール(ルノー兄弟)社を設立、「1 3/4CV」と名付け市販を前提に生産を開始しました。

その後、1903年にエンジンがド・ディオン製単気筒または2気筒から自社製の4気筒に切り替えられました。次いで1905年、パリ市のタクシー会社より同社最小のモデル「8CV」1,500台が発注されました。それにより経営基盤が安定したルノー・フレール社は、翌1906年にトラックやバスの生産にも乗り出しました。

次いで1908年、兄が抜けルイ単独による経営体制になるとともに、社名がソシエテ・ルイ・ルノーに改称されました。その後、1913年にはフランス最大の自動車メーカーに成長しました。次いで1914年に第一次世界大戦が勃発すると、軍用車両や航空機用エンジンの開発・生産に注力、中でも「FT-17軽戦車」は革新的な設計によりその後の戦車史に大きな影響を与えました。

第一次世界大戦後~第二次世界大戦:停滞と創業者ルイ・ルノーの死

そして1918年に戦争が終結すると、戦前型の自動車の生産が再開されました。しかし、どのモデルも循環ポンプを持たないサーモサイフォン式のラジエーターや後輪のみにしか装備されないブレーキなど、設計の旧態化が目立っていました。また、量産システムの確立でもライバルのプジョーやシトロエンに後れを取ったため、フランス第3位のメーカーに甘んじることとなりました。

その後、1927年に戦後初の新設計モデルとしてリリースされた乗用車「モナシス」(1.5L直6SVエンジン搭載)で、ようやく前輪にもブレーキが装着されました。そして1937年にリリースされた小型車「ジュバキャトル」(1L直4SVエンジン搭載)では、ルノー初のモノコックボディやフロント独立懸架式サスペンションの採用など時流に乗った近代化が図られ、商業的にも成功を収めました。

その後1939年に第二次世界大戦が勃発すると、翌1940年にはフランス全土がナチス・ドイツの占領下に置かれる状況になりました。ルイは工場を戦火から守るためナチス傀儡のヴィシー政権に協力するものの、空襲により工場は壊滅的な被害を被りました。そして1944年にフランスが連合軍に開放されると、ルイはナチスの協力者として逮捕され同年獄中で死去しました。

第二次世界大戦後~1950年代:国営化と4CVの大ヒット

1945年に戦争が終結すると、フランス政府管理下のルノー公団として復興の道を歩むこととなりました。まずジュバキャトルの生産が再開され、翌1946年には戦時中に開発がスタートしていた新型大衆車「4CV」が発表されました。フェルディナント・ポルシェの設計によるKdF(フォルクスワーゲン・タイプⅠ)の影響を強く受けたモデルで、それと同様にRRレイアウトが採用されていました。

丸みを帯びたフォルムが特徴的な4ドアセダン型ボディは、ほぼジュバキャトルに等しい全長3,600mm×全幅1,430mm×1,480mmのディメンションながら、それよりも200kgも軽い560kgに抑えられていました。パワートレインは水冷760cc直4OHVエンジン(最高出力19ps)と3速MTの組み合わせで、最高速度100km/hの性能と14.3km/Lの燃費を実現していました。

また、サスペンションはフロントがダブルウィッシュボーン式、リアがスイングアクスル式による4輪独立懸架が採用されました。大衆のニーズに合致していた4CVはフランス国内のみならずヨーロッパ諸国で大ヒット、またアメリカへの輸出も行われるなど世界的な人気の獲得に成功しました。その後1953年に日本の日野自動車と技術提携が結ばれ、同社によるノックダウン生産が行われました。

次いで1956年、4CVよりも上級に位置する「ドーフィン」が発表されました。RRレイアウトやサスペンション形式などは4CV譲りであったものの、ボディサイズは全長3,950mm×全幅1,520mm×全高1,440mmと一回り拡大されていました。また、フラッシュサイド・フルワイズの近代的なスタイリングが与えられたことも特徴でした。

エンジンは4CV用をベースに排気量が845ccに拡大され、最高出力は30psまで向上しました。追って1958年には、シムカ車のチューナーとして名をはせていたゴルディーニの手による高性能版「ドーフィン・ゴルディーニ」が追加されました。

1960年代:ハッチバック車の4や16が大ヒット

その後、4CVは1960年に生産累計台数100万台を達成したものの、旧態化により人気は下降していたため、翌1961年に後継モデル「4(カトル)」が発表されました。ルノー初のFF方式が採用されたことが特徴で、エンジンは4CV譲りの747ccの直4OHV(最高出力26.5ps)が搭載されました。ボディタイプはテールゲートが備わる5ドアハッチバックで、このカテゴリーのパイオニア的存在となりました。

ボディサイズは全長3,610mm×全幅1,490mm×全高1,460mmで、ほぼ4CVに等しかったものの、ホイールベースはそれよりも300mm以上長く設定されていました。4は大ヒットし、同社の業績向上に大きく貢献しました。続いて1962年には、ドーフィンの後継モデル「8(ユイット)」がリリースされました。駆動方式はRRが踏襲された一方、量販車世界初の4輪ディスクブレーキの採用などのリファインが図られていました。

次いで1965年、8やその発展型「10」よりも上級に位置する5ドアハッチバックセダン「16(セーズ)」が発表されました。FF方式や前後ともトーションバー式による4輪独立懸架などは4譲りのもので、エンジンは1.5L直4OHV(最高出力55ps)が搭載されました。優れた居住性や多彩なシートアレンジが持ち味で、ベストセラーになるとともにルノー車として初のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーに輝きました。

1970年代:コンパクトカーの5(サンク)が大ヒット

次いで1971年に、プジョー社およびボルボ社との間にエンジンの共同開発に関する合意が締結されました。続いて1972年には、4の後継モデルとなる新型FFコンパクトカー「5(サンク)」が発表されました。全長3,506mm×全幅1,525mm×全高1,400mmのディメンションを持つボディは、フランスの実用車には珍しく後席用ドアを持たない3ドアハッチバックでした。

また、4よりも遥かにスタイリッシュなフォルムを備えていたほか、樹脂製バンパーをいち早く採用したことも特徴でした。エンジンは、当初782ccと956ccの直4OHVが用意されました。5は発売と同時に爆発的なヒットとなり、ルノーをヨーロッパ№1のメーカーに押し上げる原動力となりました。次いで1973年、ルノー車をベースとした高性能車を製造・販売していたアルピーヌ社を傘下に収めました。

その後1976年に、5をベースにアルピーヌがチューニングを施したホットハッチ「5アルピーヌ」が発売されました。続いて1978年にはアメリカン・モーターズ社を傘下に収め、アメリカ市場本格進出への足掛かりをつかみました。

1980年代:ミニバンの先駆者エスパスがヒット

その後1981年にグローバルカーの小型4ドアセダン「9(ヌフ)」を発表、翌1982年にはアメリカ市場向けに「AMC・アライアンス」の車名で発売されました。次いで1983年、同社の新たなフラッグシップモデルとなる「25(ヴァンサンク)が発表されました。駆動方式はFFで、ボディタイプは量販車世界最高のCd値0.28の空力特性を持つ3ボックス型5ドアハッチバックでした。

さらに翌1984年には、自動車産業や航空宇宙産業を手掛けるマトラ社と提携、同社が開発を進めていたMPVを「ルノー・エスパス」の車名で発表しました。全長4,250mm×全幅1,770mm×全高1,660mmのディメンションを持つワンモーション・ボディは、スケルトン構造採用により車両重量が1,200kgに抑えられていました。また、室内には取り外しが可能な5つのシートが備わっていました。

駆動方式はFFで、エンジンはルノー・25用の2L直4SOHC(最高出力110ps)が搭載されました。エスパスは、ミニバンの先駆け的存在として国内外で人気を博しました。次いで1985年に5がフルモデルチェンジを受け、2代目「Super 5(シュペール・サンク)」に移行しました。ガンディーニのデザインによるボディは、初代のイメージを踏襲しながらも一回り拡大されていました。

その後、アメリカ市場における販売不振を受け、1987年にアメリカン・モーターズがクライスラ―社(当時)に売却されました。

1990年代:民営化と日産自動車の併合

そして1990年代に入ると、同年2月にボルボ社との提携が決定されたのを機に、株式会社に改組されました。追って同年5月には、シュペール・サンクの後継モデル「クリオ」が発表されました。クリオは優れたトータルバランスが評価され、1991年度のヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。日本においては、本田技研の販売チャンネルと同名となるため「ルーテシア」の車名で販売されました。

さらに1992年には、同社のボトムレンジを受け持つFFコンパクトカー「トゥインゴ」が発表されました。全長3,425mm×全幅1,630mm×全高1,435mmのディメンションを持つ3ドアボディは、モノフォルムのファニーなスタイリングを備えていました。また、エンジンは既存の1.2L直4OHV(最高出力55ps)1種類のみの設定となるほか、左ハンドル仕様のみを前提とした設計など、生産コストの削減が追及されたモデルでした。

次いで1993年、ボルボとの合併が発表されたものの、最終的に決裂に終わりました。続いて1995年、同社のモータースポーツ部門であるルノー・スポールの開発による2シーター・オープンスポーツカー「ルノースポール・スパイダー」が発表されました。フロントウィンドウや着脱式のルーフなどを持たないボディのミッドに、2L直4DOHCエンジン(最高出力150ps/最大トルク18.5kgm)を搭載するモデルでした。

機構面では、エアコンやパワーステアリング、ブレーキサーボなどが備わらないスパルタンな仕様が特徴でした。また、同じ年に「フォルクスワーゲン・ゴルフ」の対抗馬となるCセグメント・コンパクトカー「メガーヌ」が発表されました。ボディは当初5ドアハッチバックと2ドアクーペの2タイプであったものの、追ってバリエーション拡大が図られました。

翌1996年に発表された派生モデル「セニック」もそのひとつで、ステーションワゴンとミニバンを融合させた斬新なコンセプトによりヒットしました。また、完全民営化を果たしたのもこの年のことでした。次いで1997年、ハイトの高いボディを持つワゴン型乗用車/商用車「カングー/カングーエクスプレス」が発表されました。特に乗用タイプのカングーは、商業的に大きな成功を収めました。

そして1999年、経営危機に陥っていた日産自動車を事実上の傘下に収め、ルノー・日産アライアンスの形成に至りました。

2000年代~:韓国の三星自動車を傘下に

さらに翌2000年には、経営破綻した韓国の三星自動車を傘下に収めるとともに、その社名をルノーサムスン自動車に改称しました。また、同年日本において初の100%出資子会社となるルノー・ジャポンが設立されました。その後2008年に、ルノー/日産/ルノーサムスンの3社共同開発によるクロスオーバーSUV「コレオス」が発売されました。

次いで2012年、2人乗りの小型EVコミューター「トゥイージー」がリリースされました。ボディサイズは全長2,320mm×全幅1,190mm×全高1,460mmと極めてコンパクトで、最高速度80km/hの動力性能と100kmの航続距離を備えていました。次いで2013年には、クリオをベースとした小型クロスオーバーSUV「キャプチャー」が発表されました。

続いて2014年、トゥインゴに2度目のフルモデルチェンジが実施されました。駆動方式がそれまでのFFから、ルノーとしては8/10以来となるRRに変更されたことが最大の特徴で、それにより軽快なハンドリングと最小回転半径4.3mの小回り性能が実現しました。また、メルセデス・ベンツがスマート・ブランドより販売する「フォーフォー」とは、プラットフォームやパワートレインを共有する姉妹車種の関係となっていました。

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