スバルの車種一覧(現行車種・過去車種)

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スバルの現行車種一覧

乗用車

レガシィアウトバック / レガシィ B4 / レヴォーグ / エクシーガクロスオーバー7 WRX STI/S4 / BRZ / XV/XV HYBRIDインプレッサ G4/スポーツフォレスター / ジャスティ

軽自動車

プレオ(プラス/バン) / ステラ/カスタム / ディアスワゴン / サンバー(バン/トラック)

スバルの過去販売車種

アルシオーネSVXアルシオーネ / ヴィヴィオ / R1

株式会社SUBARUの概要(2017年3月期)

日本の自動車メーカーである株式会社SUBARU(スバル)は、中島知久平により設立された中島飛行機製作所を源流に持ち、戦後は長らく富士重工業株式会社を名乗っていたものの、2017年4月1日に現在の社名に改められました。コーポレートマークは社名と同じ「SUBARU」で、ブランドシンボルは楕円の枠の中に星団の「すばる」=「六連星(むつらぼし)」を表す6つの星を描いたものとなっています。

主な事業内容は自動車の製造・販売、航空機・宇宙関連機器の製造・販売などとなっています。事業所は日本国内のほか北米や欧州、中国などに展開しており、関連企業は国内に22社を擁しています。また、提携関係を結んでいる企業などに、自動車関連ではトヨタ自動車が、航空機関連では米国ボーイング社やベル・ヘリコプター・テキストロン、エアバス・ジャパン、防衛省があります。

  • 本社所在地:東京都渋谷区恵比寿1-20-8 エビススバルビル
  • 設立:1953年(昭和28年)7月15日、創業:1917年(大正6年)5月
  • 設立時の名称:富士重工業株式会社
  • 代表者:近藤潤(取締役会長)、吉永泰之(代表取締役社長)、日月丈志(代表取締役専務執行役員)
  • 資本金:1,537億9,500万円(2016年3月末現在)
  • 売上高:3兆2322億5,800万円(2015年度)
  • 営業利益:5,655億8,900万円(2015年度)
  • 従業員数:連結31,151人、単独14,234人(2016年3月末現在)
  • 販売台数:国内向け14万5,288台、海外向け:81万2,577台(2015年度)

コーポレートビジョン

企業理念

  1. 私たちは常に先進の技術の創造に努め、お客様に喜ばれる高品質で個性のある商品を提供します。
  2. 私たちは常に人・社会・環境の調和を目指し、豊かな社会づくりに貢献します。
  3. 私たちは常に未来をみつめ国際的な視野に立ち、進取の気性に富んだ活力ある企業を目指します。

品質方針

常にお客様の満足を第一に考え、仕事の質を高めて、トップクラスの品質の商品とサービスを提供する。

スバルの沿革

1910年代~1940年代:中島飛行機の設立と解体

1917年12月に中島知久平が群馬県尾島町に飛行機研究所を設立、国産航空機の設計に着手しました。そして翌1918年3月に名称を中島飛行機製作所に改め、翌1919年2月には陸軍から航空機20機の受注に成功しました。その後大手航空機メーカーとしての地位を確固たるものとし、第二次世界大戦中には「97式戦闘機」「一式戦闘機・隼」「4式戦闘機・疾風」などの傑作軍用機や、「栄(ハ25)」「誉(ハ45)」などの優れた航空機用エンジンを生み出しました。

しかし、1945年8月15日に終戦を迎えると軍需大臣より生産停止命令が下り、航空機メーカーとしての使命を終えました。追って17日には社名を富士産業株式会社に変更するとともに、平和産業への転換が図られました。GHQから生産許可が下りた品目は、自転車やリヤカー、農耕機、小型発電機、自動車用部品、家庭用備品などで、航空機は勿論のこと自動車やオートバイの製造も許されませんでした。

そして翌1946年9月、GHQによる財閥解体の対象となり、12の第二会社に分割されました。これらのうち、バスボディーの設計を手掛けていた小泉工場は、小泉ボディとなってキャブオーバー型バスボディーの製造を開始しました。その後、1949年10月に日本初のモノコックボディを採用したリアエンジン・バス「ふじ号」が完成しました。

その一方で、分社化の前にスクーターの生産が許可されていた太田工場と三鷹工場が統合した富士工業より、1947年に「ラビットスクーター」が発売されました。同車は庶民の移動手段として大ヒットし、富士工業の屋台骨を支える存在となりました。

1950年代:P-1の失敗とスバル・360の成功

その後1952年7月に、バスボディの製造を手掛けていた富士自動車工業を中心に、大宮富士工業と乗用車用1.5Lエンジンを製造していた富士精密工業の第二会社3社合同による小型乗用車開発プロジェクトが立ち上げられました。「P-1」のコードネームが与えられたこのモデルは、英国フォード製の小型車「コンサル」および米国ウイリスオーバーランド製の中型車「エアロウイリス」を参考に設計が行われ、1954年2月に第1号車が完成しました。

全長4,235mm×全幅1,670mm×全高1,520mmのディメンションを持つボディは、先進的なモノコック構造が採用されていました。駆動方式はコンベンショナルなFRで、エンジンは当初富士精密工業製の1.5L直4OHV(最高出力45ps)が搭載されました。その後、富士精密工業がプリンス自動車工業と合併、競合関係となりエンジン調達が困難となっため、大宮富士工業製の1.5L直4OHV(最高出力63ps)に切り替えられました。

一方それに先立つ1953年7月、富士自動車工業、大宮富士工業、富士工業、東京富士産業、宇都宮車輛の5社出資により、航空機生産を事業目的とする富士重工業株式会社が設立されました。さらに1955年4月には富士重工業が前記5社を吸収合併し、今日に至る企業体系が成立しました。そして、社長の北謙治自らP1を「すばる1500」と命名して量産化を目指したものの、生産設備や販売網設立に要する資金の不足から20台が製造されたのみで終わりました。

その一方で、同年5月に通商産業省(当時)から発表されたいわゆる「国民車構想」に触発され、12月にそれに準じた軽自動車の開発プロジェクトが立ち上げられました。「K-10」のコードネームが与えられるとともに、大人4人が乗車できること、快適な乗り心地を実現すること、生産が容易であることといった条件が課せられました。

そして1957年4月に試作第1号車が完成するとともに「スバル・360」と命名され、不具合箇所を改めたうえで翌1958年3月に発売されました。ボディタイプは当初は2ドアセダンのみの設定で、全長2,990mm×全幅1,300mm×全高1,380mmのボディはモノコック構造により385kgと極めて軽量に抑えられていました。駆動方式はスペース効率の追求に有利なRRが採用され、タイヤも同じ目的により専用開発された小径の10インチが装着されました。

エンジンは、軽量であることとラビッドスクーターの生産設備が流用できることから、強制空冷方式の360cc直2が採用されました。スペックは最高出力16ps/最大トルク3kgに過ぎなかったものの、軽量ボディの恩恵で3速MTを介して最高速度83km/hの性能を発揮しました。また、サスペンションはフロントがトレーリングアーム式、リアがスイングアクスル式による4輪独立懸架で、優れた乗り心地により俗に「スバルクッション」と呼ばれました。

同時代の他社の軽自動車よりも性能や快適性においてはるかに勝っていたうえ、価格が42万5千円と安価であったことも相まって当初から好調な販売を記録し、のちに爆発的なヒットとなって国内におけるモータリゼーション発展の立役者となりました。

1960年代:革新的な小型車スバル・1000を発売

次いで1961年、スバル360と共通のパワートレインやサスペンションを採用した商用キャブオーバー型バン/トラックの「スバル・サンバー」が発売されました。RR方式によるトラクション性能の高さや積み荷が壊れない足回りなどが好評を博し、こちらもベストセラーとなりました。続いて1966年5月に、同社初の量販小型乗用車となる「スバル・1000」が発売されました。

駆動方式は国産車では採用例の少なかったFFで、画期的な等速ジョイント「D.O.J」の採用によりそれまでのFF車の常識を覆す良好な操縦安定性や耐久性を実現したことが特徴でした。また、エンジンは国産車初の水平対向4気筒(最高出力55ps/最大トルク7.8kgm)が搭載されました。さらに、4輪独立懸架式の足回りや前輪インボード・ディスクブレーキなど、高度なメカニズムが惜しみなく投入されていました。

ボディサイズは全長3,900~3,930mm×全幅1,480mm×全高1,390mmで、同クラスのライバルであった「日産・サニー」や「マツダ・ファミリア」と大差なかったものの、FR方式を採用するそれらと比較して居住性が優れてました。販売面では、サニーやその後登場した「トヨタ・カローラ」には及ばなかったものの、一定の成功を収めました。

次いで1968年8月に日産自動車と業務提携が結ばれ、サニーなどの委託生産が開始されました。続いて1969年8月、市場競争力が低下していたスバル・360の後継車種として、「スバル・R-2」が発売されました。RR方式や4輪独立懸架サスペンションを踏襲するなど、スバル・360の正常進化型といえるモデルでした。

1970年代:4WD車を発売

1970年代に入ると、同年東北電力から「三菱・ジープ」よりも快適な4輪駆動車の開発要請を受け、スバル・1000の発展型である「スバル・FF-1」をベースとしたパートタイム4WD車「スバル・FF-1 1300Gバン4WD」が制作されました。次いで1971年10月、新型小型乗用車「スバル・レオーネ」が発売されました。

実用車ばかりのラインナップだった同社として初の2ドアクーペであったものの、FF方式や水平対向4気筒エンジン、4輪独立懸架といった基本的なメカニズムは踏襲されました。翌1972年4月にはセダンやエステートバンが追加され、スバル・FF-1からの世代交代が完了しました。レオーネは北米市場にも輸出され、「アグリー(醜い)・レオーネ」と呼ばれ好感を持って受け入れられました。

追って同年8月、スバル・FF-1 1300Gバン4WDのノウハウを投入したパートタイム4WD方式のエステートバン「スバル・レオーネ4WD」がリリースされました。同車は、いわゆるジープタイプではない世界初の量販4WD車となりました。次いで1975年1月には、世界初の量販4WD乗用車となる「スバル・レオーネ4ドアセダン4WD」が追加されました。

追って同年10月、スバル・レオーネ全車に独自の排ガス浄化システムであるSEEC-T(スバル排ガス抑制空気導入式燃焼システム)が採用され、昭和50年排出ガス規制を飛び越え昭和51年排出ガスに適合しました。さらに12月には、軽自動車「スバル・レックス」にも同システムが採用されました。

1980年代:ECVTを採用

次いで1984年2月、レックスとレオーネを間を埋めるモデルとして、レックスをベースとしたコンパクトカー「スバル・ジャスティ」が発売されました。ボディタイプは3ドア/5ドアハッチバックで、エンジンは1L直3SOHC(最高出力83ps)が搭載されました。続いて1985年1月、米国で開催されたデトロイト・ショーに2ドアスペシャリティカー「スバル・XTクーペ」が出展され、同年6月に「スバル・アルシオーネ」の車名で国内販売が開始されました。

駆動方式はFFと4WDが設定され、エンジンは当初2L水平対向4気筒SOHCターボ(最高出力135ps/最大トルク20kgm)が搭載されました。続いて1986年4月には、3代目スバル・レオーネに同社初のフルタイム4WD方式を採用した「3ドアクーペRX-Ⅱ」が追加されました。次いで1987年、スバル・ジャスティにオランダのVDT社と共同開発したベルト式無段変速機「ECVT」搭載車が設定されました。同トランスミッションの搭載は、量販車として世界初のことでした。

また、この年にいすゞ自動車との共同出資により米国にスバル・イスズ・オートモティブが設立され、現地生産が開始されました。続いて1989年1月、スバル・レオーネの上位に位置する新型乗用車「スバル・レガシィ」が発売されました。ボディタイプは4ドアハードトップセダンと「ツーリングワゴン」と呼ばれる5ドアステーションワゴンの2タイプで、プラットフォームやパワートレインは新開発されたものが採用されました。

レガシィは国内のみならず北米市場で大ヒットし、当時経営状態が極度に悪化していた同社にとって救世主的な存在となりました。

1990年代~:独自の安全運転支援システムを開発

次いで1992年11月、レガシィの下位に位置する新型小型乗用車「スバル・インプレッサ」が発売されました。トップグレードは、2L水平対向4気筒DOHCターボエンジン(最高出力240ps/最大トルク31kgm)+フルタイム4WD方式の高性能モデル「WRX」でした。続いて1998年6月、3代目にフルモデルチェンジされたワゴン専用車「スバル・レガシィランカスター」に、世界初のステレオカメラ方式による安全運転支援システムを搭載した「ADA」が設定されました。

次いで1999年、日産自動車との提携関係が解消されました。続いて2005年10月にトヨタ自動車との間に業務提携が交わされました。次いで2008年5月、スバル・レガシィツーリングワゴンに、衝突被害軽減ブレーキ機能を追加した新世代のステレオカメラ式安全運転支援システム「アイサイト」搭載車が設定されました。

続いて2012年2月に6代目スバル・サンバーの生産が打ち切られ、それをもって同社オリジナル設計による軽自動車は54年に歴史に幕を下ろしました。以降、軽自動車は全面的にダイハツ工業からのOEM供給に切り替えられました。次いで2014年6月、スバル・インプレッサをベースとした新型ステーションワゴン「レヴォーグ」が発売されました。

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