今から30年くらい前の話です。私は大学を卒業して、地元の企業に就職して自宅から通勤していました。男二人兄弟の次男です。兄は中学生の頃からモトクロスに興味を持ち、鉄くず同然のようなバイクを集めてきては仲間数人と近くの河原を走り回るようなバイク少年でした。バイク好きは大人になっても変わらずに、家の駐車場には新旧のさまざまなバイクが所狭しと置かれていました。
タイムトンネルというイベントに感化され
そういうこともあり、私も自然とバイクに興味を持っていました。その頃は筑波サーキットでタイムトンネルという東京オリンピック(1964年)までに製造されたバイクを対象にしたイベントが開催されていました。私の兄の友人が旧車マニアで、そのイベントには毎年参加しており、私も何度か一緒に行きました。ピカピカの新車のような古いバイクをフルスロットルで走るタイムトンネルは、当時の旧車マニアのシンボル的なイベントでした。
タイムトンネルに感化された私は、家にある旧車の中で乗ってみたいと思うバイクがありました。それがヤマハスポーツDS6です。2ストローク2気筒の250ccです。このバイクは、1969年製です。私が乗っていたのが1985年ころですから、当時でも16年経過していたことになります。
兄に尋ねると「友達から譲ってもらった」と言うことでした。メッキ類の錆もほとんどなく、いい状態でしたので、自分でできるところは自分で整備して、エンジンの整備は知り合いのバイク屋さんにお願いしました。このDS6は、メーターとライトケースが独立したモデルで、当時はかっこよかったのです。それまでのモデルはライトとメーター類が一緒になっているものが主流でした。
モウモウとしたオイルの白煙が
エンジンを整備してもらい、マフラーのカス抜きをすると2ストロークの小気味よいエンジン音で軽快に走りました。回転数が上がるといきなりパワーが出る感じでした。回転を上げて走るとモウモウとしたオイルの白煙がバックミラーでも確認できるほどでした。
DS6 ’70の走行動画
旅先のトラブルが心配でしたので、日帰りのちょい乗りツーリングばかりでしたが、何処へ行っても多くのライダーがDS6を見に来ました。年配のライダーさんは懐かしがって話しかけてくれましたし、若いライダーさんからはいろいろと質問されました。1970年ころのTD2という市販レーサーは、このDS6を基にして作られたロードレーサーです。
このモデル以降のヤマハの250ccモデルは、DX250、RD250と進化していき、名車RZ250へと発展していきます。2年ほどDS6に乗っていました。知り合いのバイク屋さんのお客さんに切望されて譲ることにしました。今になって思えば、取って置けば良かったという気持ちでいっぱいです。