三菱のスポーティカー「コルトギャランGTO」(コルトを省略してギャランGTOと呼ぶ場合もある)は、1970年10月、前年にデビューしたセダン/ハードトップタイプの「コルトギャラン」の派生モデルとして発売されました。「フォード・マスタング」や「シボレー・カマロ」などのアメリカンマッスルカーを縮小したような独特なスタイリングと、当時としては優れた動力性能を備えていた事が特徴でした。
ダックテールが特徴のスタイリング、エンジンは3種類
ボディ形状はファーストバックの2ドアハードトップで、国産車の流行に先鞭を付けた太いCピラーとダックテールと呼ばれる跳ね上がったテールエンドが特徴でした。ボディサイズは全長4,125mm×全幅1,580mm×全高1,310mmで、ベースモデルのギャランと比較すると長く広く低いプロポーションを持っていました。ホイールベースはギャランと同一の2,420mmで、車両重量はやや重くなり900kg~930kgでした。
サスペンション形式もギャランと同一のコンベンショナルな前:ストラット式/後:リジッド・リーフ式で、ブレーキは前:ディスク式/後:ドラム式でした。エンジンは1.6L直4SOHC の4G32型で、シングルキャブ仕様(最高出力100ps/6,300rpm、最大トルク14kgm/4,000rpm)とツインキャブ仕様(最高出力110ps/6,700rpm、最大トルク14.2kgm/4,000rpm)の2種類が用意されました。
トランスミッションは共に4速MTで、駆動方式はFRでした。グレード体系は「MⅠ」と「MⅡ」の2種類で、搭載エンジンは前者がシングルキャブ仕様、後者がツインキャブ仕様でした。インテリアはインパネからシート、ドアの内貼りまで黒で統一された精悍なもので、インパネには6連メーターが配置され、ステアリングは3スポークタイプが採用されていました。
そして翌11月に、4G32型をDOHC化したエンジンと5速MTを搭載する、トップグレードの「GTO-MR」が追加されました。エンジンのスペックは最高出力125ps/6,800rpm、最大トルク14.5kgm/5,000rpmまで高められ、980kgとやや重くなったボディを最高速度200km/h、0-400m加速16.3sで走らせる動力性能は、国産スポーティカーとしてトップレベルのものでした。
三菱コルトギャランGTOのCM
マイナーチェンジで排気量アップ、排ガス規制にも対応
次いで1972年2月にマイナーチェンジを実施し、「MR」以外のエンジンが1.7L直4SOHCの4G35型に置換されました。スペックは、シングルキャブ仕様が最高出力105ps/6,300rpm、最大トルク15kgm/4,000rpm、ツインキャブ仕様が最高出力115ps/6,300rpm、最大トルク15.2kgm/4,000rpmでした。同時に3速トルコン式AT仕様が追加された他、グレード名が「XⅠ」「XⅡ」に変更されました。
翌1973年1月に2度目のマイナーチェンジを実施し、2L直4SOHCの4G52型エンジン搭載車が追加され、グレード体系も変更されました。「1700SL」が4G32型シングルキャブ仕様、「2000SL」が4G52型シングルキャブ仕様(最高出力115ps/6,00rpm、最大トルク17kgm/4,000rpm)、「2000GSR」が同ツインキャブ仕様(最高出力125ps/6,200rpm、最大トルク17.5kgm/4,200rpm)で、「MR」はカタログ落ちしました。
1975年2月に3度目のマイナーチェンジを実施し、2L車のエンジンが8気筒エンジン並みの静粛性とスムーズさを謳う改良型に置換されました。次いで同年11月に一部改良を行い、昭和51年排出ガス規制に適合しました。エンジンのスペックは全車低下し、最高出力は2Lツインキャブ仕様が115ps、2Lシングルキャブ仕様が105ps、1.7Lシングルキャブ仕様が97psとなりました。
更に翌1976年5月の一部改良で、昭和52年排出ガス規制に適合しました。そして翌1977年に生産終了となり、前年にデビューしたスペシャリティカー「ギャランΛ」に後を託す形になりました。販売面では、発売当初はこの種のモデルとしては好調であったものの、排ガス規制実施以降はスポーティカー市場が縮小傾向となり苦戦を強いられました。