いすゞ自動車の中型乗用車「ベレル」は、1961年10月に発表され、翌1962年4月に販売が開始されました。それまでの「ヒルマンミンクス」が英国車を国産化したものであったのに対し、ベレルはいすゞの乗用車として初めてオリジナルの設計が行われていました。しかし、生産・品質・販売面の問題やバランスの悪いスタイリングなどにより販売は振るわず、短命に終わりました。
ヨーロッパ車調のスタイリングで登場
ボディタイプは、当初4ドアセダンのみがリリースされました。スタイリングは一見ヨーロッパ車調で、シックな雰囲気を備えていたほか、三角形のテールランプが独自の個性となっていました。その一方で、フロントサイドウィンドウがリアのそれよりも極端に小さいなど、ややバランスに欠く部分がありました。
初期型のボディ・ディメンションは、全長4,470mm×全幅1,690mm×全高1,515mm、ホイールベース2,530mmでした。このディメンションはヒルマンミンクスよりも一回り以上大きく、日産自動車の「セドリック」に匹敵するものでした。また、車両重量はセダンで1,295kgでした。サスペンション形式は、フロントにダブルウィッシュボーン/コイル式、リアにリジッド・アクスル/リーフ式が採用されました。
駆動方式はコンベンショナルなFRで、エンジンは当初、1.5L直4OHV(最高出力72ps)および2L直4OHV(最高出力85ps)のガソリン・シングルキャブレター仕様と、2L直4ディーゼル(最高出力55ps)の3種類が用意されました。これらのエンジンに組み合わせられるトランスミッションは、コラム式3速MTのみの設定でした。
ブレーキは一般的な4輪ドラム式で、ステアリング形式はリサーキュレーティング・ボール式が採用されました。一方室内は、前後ともベンチシート仕様の6人乗りで、インパネには楕円形のスピードメーターが備わっていました。当初のグレード体系は、「1500スタンダード」「2000スタンダード」「2000デラックス」「ディーゼル」の4タイプのラインナップでした。
いすゞ ベレル(1962)をアリゾナ州で発見した親子のビデオ
M/Cでエクステリアを一新、縦4灯に
1962年11月にツインキャブ仕様の2Lガソリンエンジン(最高出力95ps)を搭載する最上級グレード「2000スペシャルデラックス」が追加されました。追って翌1963年5月には、「2000ディーゼル・スペシャルデラックス」と、5ドアバンの「エクスプレス」が追加されました。次いで1965年10月、販売不振を解消するためビッグ・マイナーチェンジが実施されました。
ヘッドランプがそれまでの丸型2灯式から縦目の丸型4灯式に変更されるとともに、テールランプが長方形の意匠に変更されるなど、アメリカ車調のデザインとなりました。しかし、このフェイスリフトはむしろ改悪であり、販売が上向く事はありませんでした。そして1967年5月をもって生産を終了、同年10月に実質的な後継モデル「フローリアン」がリリースされました。
後継モデル:フローリアン