
フィアット パンダ 1980
フィアットは1979年11月、「126」と「127」の間を埋める新たな大衆車「パンダ」を発表しました。駆動方式は127と同様FFで、コストダウンの為に平面パネルと平面ガラスで構成されたボディや、初期型では「シトロエン・2CV」を彷彿とさせる簡易なハンモック・シートが採用されるなど、’70年代の2CVとも言えるような合理的な設計が行われていました。
デザインはジウジアーロが担当
ボディタイプは3ドアハッチバックのみの設定で、デザインを手掛けたのはジョルジェット・ジウジアーロ率いるイタル・デザインでした。ボクシーなフォルムを持つボディの下半分はダークグレーの樹脂コーティングが施され、白のボディカラーとのコンビネーションがジャイアントパンダを彷彿とさせる事が車名の由来ともなりました。

フィアット パンダ 1980
ボディのディメンションは全長3,380mm×全幅1,460mm×全高1,445mm、ホイールベース2,160mmで、全長と全幅は126と127の中間程度の大きさで、全高は居住性を向上させる為それらよりも高く設定されていました。又、車両重量は650~680kgで、127よりも大人一人分程軽量に抑えられていました。
サスペンション形式は、フロントにマクファーソンストラット式が、リアには当初リジッド・リーフ式が採用されました。エンジン及びグレード体系は、当初126譲りの空冷0.65L直2OHV(最高出力30hp)を搭載する「30」と、127にも設定される水冷0.9L直4OHV(最高出力45hp)を搭載する「45」の2タイプが用意されました。
シンプルで個性的なインテリア
トランスミッションは、共に4速MTが組み合わせられました。一方、インテリアもエクステリアに劣らず個性的で、ポケット状の形状を持つファブリック張りのダッシュボードに、長方形のメーターナセルが組み合わせられました。又、初期型においてはシートが取り外し可能となっており、車外でベンチのように使用する事も可能でした。

フィアット パンダ 1982
その後1982年に、かつて「850」に搭載された0.85L直4OHVエンジン(最高出力34hp)を搭載する「34」と、45をベースに専用エクステリアや一般的な形状のシートを採用し、装備を充実させた「スーパー」が追加されました。同時に、オプションでキャンバストップ仕様のダブルサンルーフが用意されました。

フィアット パンダ 1982
次いで翌1983年には、オーストリアのシュタイア・プフ社と共同開発したパートタイム4WDモデル「4×4」が追加されました。パワートレインは1L直4OHVエンジン(最高出力48hp)と副変速機付き5速MTの組み合わせで、ボディはロードクリアランスが16mm高められると共に専用のフロントグリルが与えられました。
M/Cで内外装やエンジンを変更
続いて1984年に30/34/45がフェイスリフトを受け、フロントグリルが4×4と同じ意匠に変更されました。次いで1986年に大掛かりなマイナーチェンジが実施され、エクステリア面ではパンバーの形状変更と共に三角窓とボディ下半分の樹脂コーティングが廃止され、インテリア面ではメータークラスターの大型化と共にシートが一般的な形状に変更されました。

フィアット パンダ4×4 1986
同時に、リアサスペンションがトレーリングリンク/コイル式に変更された他、搭載エンジン及びグレード体系も変更されました。30/34/45が廃止され、代わって0.8L直4SOHC(最高出力34hp)搭載の「750」、1L直4SOHC(最高出力45hp)搭載の「1000」、1.3L直4SOHCディーゼル(最高出力37hp)搭載の「1300D」がラインナップされました。
又、引き続き設定される4×4は、エンジンが前述の1L直4SOHC(こちらは最高出力50hp)に置換されました。更に翌1987年には、1L直4SOHCエンジンが燃料噴射仕様+触媒付に変更された他、新グレードとして0.8L直4OHVエンジン搭載の「ヤング」が追加されました。続いて1991年に再びマイナーチェンジが実施され、内外装に小変更が施されました。
同時に、1.1L直4SOHCエンジン(最高出力50hp)搭載の「1.1」が追加されると共に、同モデルに富士重工業製ECVTを搭載する「セレクタ」が設定されました。その後大きな仕様変更のないまま生産が続けられた後、2003年に2代目モデルの登場に伴い生産終了となりました。