かつてイギリスに存在していた自働車ブランド、MGは、1961年に「MGB」の弟分となる2シーター・ライトウエイト・スポーツカー「ミジェット」を発売しました。同じBMC(ブリティッシュ・モーター・コーポレーション)傘下にあったオースティンの「ヒーリー・スプライトMkⅡ」とシャシーやボディを共有する姉妹車種で、20年近くにわたり生産が続けられるロングセラーモデルとなりました。
メッキトリムの採用でヒーリー・スプライトと差別化
モノコック構造のボディは、ヒーリー・スプライト同様ソフトトップが備わる2ドア・ロードスターのみの設定でした。スタイリングも基本的にヒーリー・スプライトと共通ながら、フロントグリルの意匠が異なっていたほか、それよりも上級のモデルと位置付けられたため、クロームメッキのトリムが多用されていました。
のちに「MkⅠ」と呼ばれることとなった初期型のボディ・ディメンションは、全長3,480mm×全幅1,372mm×全高1,232mm、ホイールベース2,032mmでした。駆動方式はコンベンショナルなFRで、エンジンはヒーリー・スプライトと共通の水冷948cc直4OHV SUツインキャブレター仕様(最高出力46hp/最大トルク7.3kgm)が搭載されました。
組み合わせられるトランスミッションは、同様にローがノンシンクロ式の4速MTでした。サスペンション形式はフロントがダブルウィッシュボーン/コイル式、リアがリーフ・リジッド式で、ブレーキは当初は4輪ドラム式が装着されました。また、ステアリング形式は、ロック・トゥ・ロック2.3回転のクイックなギアレシオを持つラック&ピニオン式でした。
徐々に排気量を拡大
装備面では、レザーシートの採用によりヒーリー・スプライトとの差別化が図られていました。また、オプションでラジオやヒーター、ハードトップなどが用意されました。そして翌1962年、エンジンの排気量が1.1Lに拡大され、アウトプットが最高出力56hp/最大トルク8.6kgmに向上しました。同時に、フロント・ブレーキがディスク式にアップグレードされました。
次いで1964年にマイナーチェンジが実施され、「MkⅡ」に移行しました。フロントウィンドウが平面ガラスからカーブドガラスに変更されたほか、ドアの開閉システムが改良されるとともにドアロックが設けられました。同時にエンジンに改良が加えられ、アウトプットが最高出力59hp/最大トルク9kgmに向上しました。
続いて1966年の2度目のマイナーチェンジにより「MkⅢ」に移行、エンジンが「オースティン/モーリス・ミニ・クーパーS」用をベースにデチューンを図った1.3L直4OHV(最高出力65hp/最大トルク10kgm)に置換されました。次いで1974年に3度目のマイナーチェンジを受け、アメリカの安全基準をクリアするための衝撃吸収バンパーを装着した「1500」に発展しました。
車名のとおりエンジンが1.5Lに拡大され、アウトプットは最高出力72hp/最大トルク11.3kgmまで向上しました。そして1979年をもって生産終了となりました。