ロータスは1975年10月のパリサロンにおいて、同年生産を終了した「ヨーロッパ」に代わる新たなミッドシップスポーツカー「エスプリ」を出展し、翌1976年に発売しました。同社が得意としてきたライトウエイトスポーツカーの典型であったヨーロッパとは対照的に、フェラーリやランボルギーニに対抗しスーパースポーツ路線に転向した事が大きな特徴でした。
初期型はジウジアーロ・デザインを採用
車体の基本構造は、同社伝統の文法に則りスチールバックボーンフレームとFRP製ボディの組み合わせが踏襲されました。サスペンションはフロントがダブルウィッシュボーン式、リアがトレーリングアーム式で、ブレーキは4輪ディスクブレーキが採用されました。ボディのデザインを手掛けたのはジウジアーロで、それまでのロータス車とは異なるシャープなスタイリングを備えていました。
同時に、インテリアも遥かに近代的なデザインに変更されました。後に「シリーズ1」と呼ばれる事となった初期型のボディサイズは、全長4,191mm×全幅1,860mm×全高1,111mmでヨーロッパより一回り大きく、特に全幅は200mm以上ワイド化されました。又、ホイールベースも100mm程長い2,438mmとなり、車両重量はヨーロッパの最終モデル「スペシャル」より160kg程重い897kgでした。
搭載されたエンジンは、前年に発売されたグランツーリスモ「エリート」と同様の2L直4DOHC16バルブ・デロルトツインキャブレター仕様のロータス907型で、最高出力160hp/最大トルク19.4kgmのスペックも同一でした。トランスミッションは「シトロエン・SM」用の5速MTが組み合わせられ、「ヨーロッパ」で難のあったシフトフィールが改善されました。
ロータス・エスプリと言えば「007」
ロータス・エスプリを一躍世界に知らしめたのは、何といっても映画007のボンドカーに採用されたことでしょう。1977年の「007 私を愛したスパイ」のボンドカーとして登場。それまでのボンドカーと大きく違っていたのは、潜水艦に変身してしまうという仰天の仕掛けでした。
007私を愛したスパイのワンシーン
ロータス エスプリS2 JPSカラー(1979) ノスタルジック2デイズ2020
1978年にはロータス初のターボ車を追加
そして1978年に最初のマイナーチェンジが行われ、「シリーズ2」に移行しました。フロントスポイラーの追加などエクステリアが一部変更されると共に、エアコンやレザーシートがオプションで選べるようになった一方、車両重量は1,070kgまで増加しました。次いで1980年3月に、ロータス初のターボモデルとなる「ターボ・エスプリ」が追加されました。
ベースとなったエンジンは排気量を2.2Lに拡大したロータス912型で、最高出力210hp/最大トルク27.6kgmのアウトプットを発生しました。同時に、専用エアロパーツや強化されたシャシー及びブレーキが採用された他、エアコンが標準装備されました。更に同年5月にはNA車のエンジンも912型に置換され、スペックが最高出力163hp/最大トルク23kgmになりました。
1981年には社内デザインに変更
次いで1981年4月に2度目のマイナーチェンジを実施し、「シリーズ3」に移行しました。NA車のシャシーやブレーキがターボ車と同じ強化タイプに変更された事が、主な相違点でした。続いて1987年にエクステリアの大幅な変更が行われ、社内デザイン採用によりイメージが一新されると共に空力特性が改善され、Cd値が0.41から0.35(ターボ車)/0.36(NA車)に向上しました。
同時にグレード体系とエンジンのスペックが変更され、NA車の「HC」が最高出力172hp/最大トルク22.5kgmに、ターボ車の「ターボHC」が最高出力215hp/最大トルク30.5kgmとなりました。続いて1990年に、ターボHCをベースにツインキャブレターを電子制御燃料噴射装置に変更し、最高出力265hp/最大トルク36.1kgmまでアウトプットを高めた「ターボSE」が追加されました。
次いで1993年7月、3度目のマイナーチェンジにより「シリーズ4」に移行し、内外装の一部が変更された他、ノンパワーだったステアリングがパワーアシスト付となりました。同時にNA車はカタログ落ちし、グレード名無しのターボ車に一本化されました。そして1996年に、3.5L V8DOHCターボエンジン(最高出力355hp/最大トルク40.8kgm)を搭載する「エスプリV8」が追加されました。
エスプリは市場から好評を持って迎え入れられ、2004年までの28年間に渡り生産が継続されるロングセラーカーとなりました。